MIRIAM HASKELL(ミリアム ハスケル)社の、1940年代初期頃のフランク・ヘス(Frank Hess)による、ルビーレッドとホワイト2色のガラスビーズで制作された、アンティーク・ドレスクリップ/ファークリップです。
ひし形のプラスチック製のクリップ土台に、外側から透明感のあるルビーレッドのガラスビーズ、内側に白いミルクガラスビーズが、それぞれ小さなスモーククリアのリング/シードビーズをセットに、当時ハスケル社が使用した白糸(シルク又はナイロン素材の)で、一つ一つ丁寧に連ねられています。
こちらはミリアムハスケル「初期」とよばれ、まだ刻印がつけられる以前の時代のハスケルジュエリー、間違いなく希少な1点になります。
ハスケルが1940年代前半で使用した、象徴的なプラスチック製の円盤・裏側の土台から、WW?(第二次世界大戦)時期のものだと判断出来ます。
第二次世界大戦中はメタルの使用に規制がかけられた為、ハスケル社でも裏側の土台を穴のあいたメタル素材から、穴のあいたプラスチック素材のものへ変更しました。
ハスケルのコレクターズ本でもそのことが書かれています。

この時期、プラスチック素材の円盤は、ドレスクリップやブローチで多々使用されました。

コスチュームジュエリー界の女王に君臨する、ハスケル社ならではのクオリティ。
ハスケル社のヘッドデザイナー(ハスケルが一番に見つけたデザイナーで、最後までハスケルの右腕として活躍した)フランク・ヘスが多く手がけた、シューボタンのようにもみえる、モダンなデザインのドレスクリップ/ファークリップです。
※ドレスクリップの先は鋭くとがっておりますので、着用の際は十分ご注意下さい。
※特に緩みなどの問題なくしっかりとはしておりますが、クリップを開く時はプラスチック製の土台とフィリグリーの両面を持ちながら、補強するようにして開いて下さい。
メーカー: MIRIAM HASKELL(ミリアム ハスケル)
材質: プラスチック、ガラスビーズ
サイズ: 約 縦6cm x 横4cm
刻印: 元からなし
【コンディション】VERY GOOD
ルビーレッドのガラスビーズに1箇所傷(薄いヒビ割れ=目立つものでない)、メタルに経年上のスレキズ、糸に変色が少しみられます。
ワイヤーもしっかりしており、パーツの欠損や大きな傷みなく、この時代の古いハスケルのお品としては全体的に美しいコンディションです。
*ヴィンテージのお品につき、デッドストック商品でも経年上の傷みが少なからずともございます。
新品とは異なりますことをご理解ください。
MIRIAM HASKELL(ミリアム ハスケル) 1899 – 1981 |
1899年アメリカ・インディアナ州生まれ。
コスチュームジュエリーの創始者と言われるミリアム・ハスケル(Miriam Haskell )は、1926年に500ドルをポケットにニューヨークに移住、古いMcAlpinホテルでジュエリー・ブティックをオープンしました。
ハスケル自身は、実はデザイナーというよりも、優れたデザイナーを見抜き・スカウトするプロデューサー(又はバイヤー、ショップオーナー)でした。詳しくは初期に自身がデザインしたジュエリーもあったようですが、刻印をつけることはしていない為ほとんど知られていません。
その為、当初はパリから輸入したシャネルなどのコスチュームジュエリーが中心の販売で、自身のブランドを立ち上げた後も、しばらくはそのジュエリーと並んでシャネルが提供されていたようです。
ハスケルの才能が開花しショップは大繁盛、瞬く間にWest 57th Streetに2店舗目をオープンさせます。
同年、Macy’sデパートのショーウィンドウでその才能に惹かれスカウトした、デザイナーのフランク・ヘス(Frank Hess)をパートナーに迎え、いよいよコスチュームジュエリー業界成功への階段を上りはじめます。
フランク・ヘスは、1926年から1960年のハスケルが会社を辞任するまでの間、チーフデザイナーとして何年もの間デザインを手がけ、最後までハスケルの右腕として活躍しました。
ハスケルは、金メッキのフィリグリーやフォックスパール、オーストリアのクリスタルビーズ、イタリアのムラノガラス(ヴェネツィアにあるムラーノ島からの吹きガラスビーズ)、ハスケルジュエリーで多くみられるローズモンテ(下が平らの形のラインストーン)などをとりわけ好んで使用しました。
1930年代にはショップを5番街に移転。手頃な価格のアートガラスやラインストーン、金メッキ素材のジュエリーが世界大恐慌の時代に人気を呼び、更にマイアミやロンドンの百貨店「Saks Fifth Avenue」「Burdine's」へと、活躍の場を広げていきます。中でも、手作りのフラワーモチーフのコスチュームジュエリーは、マンハッタンのスタイリッシュな女性達を魅了し成功をおさめました。
おそらくハスケルはデザイナーではなかったからか、20年以上もの間ほとんどの作品に刻印をつけることをしていませんでした。刻印が初めてつけられたのは1940年代後半からで、1950年以前に製作されたジュエリーは、ハスケル初期などとよばれ、実際同社で製造販売されたものでも、判別が非常に難しいとされているのもこのブランドの特徴的なところです。
ハスケルは、ジュエリーパーツを求めてヨーロッパなど自ら世界各地を渡り歩き、そうして選りすぐってきた上質な素材を使用して、接着剤を使用することなく(極一部を除き)どんな小さなラインストーンでも全て爪留めで、ビーズやパールなどはワイヤーを使用して、全ては職人の手作業で最後の工程まで細やかに製作されました。
中でも、ハスケル社の作品でよくみられるアンティーク調のシックなロシアンゴールドや、年月を経てもいまだ美しいパールなどは、想像するだけで気が遠のくほどのいくつもの工程を経て、丹精込めて丁寧に仕上げられています。 |